このシリーズでは1つの作品に隠された時代背景や解釈、メッセージ性を読み解いていきます。第21回目は「記憶の固執」です。
絵画を通して得た知見があなたの心のビタミンになれば幸いです。
記憶の固執を解説

題名
記憶の固執
制作者
サルバドール・ダリ
制作年
1931年
美術史では
シュルレアリスム
寸法
24.1 × 33cm
種類
キャンバスに油彩
所蔵
ニューヨーク近代美術館
サルバドール・ダリの代表作「記憶の固執」。
シュルレアリスムを代表する作品として、世界で最も有名な絵画のひとつです。ただ、あまりにも有名なので「時計が溶けている絵」として知っているだけの人も多いかもしれません。
そもそも、なぜ時計は溶けているのでしょうか。今回は「記憶の固執」を見ていきます。
意外なのが、その大きさです。写真や教科書で見ると大きな作品のように感じますが、実物は24.1×33cm。A4用紙より少し大きいくらいしかありません。
この小さな画面のなかに、ダリは奇妙な世界をつくり上げました。
夢の世界を描く「シュルレアリスム」

今作を理解するうえで欠かせないのがシュルレアリスムです。
シュルレアリスムは1920年代にヨーロッパで広がった芸術運動。日本語では超現実主義と訳されます。
当時の芸術家たちは、人間の「理性」だけでは捉えることのできない世界に関心を持つようになりました。
夢。無意識。欲望。偶然。

特に大きな影響を与えたのが、精神分析で知られるジークムント・フロイトです。シュルレアリストたちは、普段は理性によって押さえ込まれている人間の無意識に、新しい表現の可能性を見出しました。
ダリもその一人です。1929年頃からシュルレアリスムの中心的な画家として活動するようになり、夢や無意識から生まれる奇妙なイメージを描いていきます。
本物のように描かれた「ありえない世界」
ダリの絵の面白さは、単に奇妙なものを描いていることではありません。今作をよく見ると、絵そのものはかなり写実的です。
遠くに見える岩。静かな水面。木の幹。時計。どれも非常に細かく描かれています。遠景に見える黄金色の岩山は、ダリの故郷であるスペイン・カタルーニャ地方の海岸をもとにしています。
つまり、現実の風景です。ところが、そこに置かれているものがおかしい。硬いはずの時計が、布のように垂れ下がっています。時計としての形を保つことすらできません。
画面は現実そっくりなのに、現実のルールだけが壊れている。この感覚は、どこか夢に似ています。夢のなかでは、その瞬間には当たり前だと思っていたことが、目を覚ましてから考えるとまったく意味が通らないことがあります。
ダリはそんな夢の感覚を、非常に写実的な技術で描きました。彼が目指したのは、現実を正確に再現することではありません。
現実らしく描くことで、むしろ現実そのものを疑わせることでした。
なぜ時計は溶けている?

今作でもっとも有名なのが柔らかい時計です。
木の枝。台の端。そして中央の奇妙な物体。3つの時計が、まるで熱で溶けてしまったかのように垂れ下がっています。
この時計については、さまざまな解釈があります。
時間の相対性を表現している。夢のなかでは時間の感覚が失われることを意味している。人間の記憶の曖昧さを表している。
しかし、ダリ本人が語った制作のきっかけは、もっと意外なものでした。カマンベールチーズです。
ダリは後年、柔らかい時計のイメージが、柔らかくなったカマンベールチーズから生まれたと振り返っています。彼自身、作品の時計を「時間のカマンベール」と表現しました。
壮大な哲学から生まれたように見えるイメージが、食卓にあった柔らかいチーズから生まれた。いかにもダリらしい話です。もちろん、それだけで作品の意味が決まるわけではありません。重要なのは、誰もが硬いと知っている時計を、ダリが柔らかいものに変えてしまったことです。
時計は時間を測る道具です。1秒。1分。1時間。人間とは関係なく、一定の速度で進んでいく時間を数字として示します。でも人間が感じる時間は、本当にそんなに正確でしょうか。
楽しい時間は短く感じる。退屈な時間は長く感じる。昔の出来事が昨日のことのように感じることもあれば、数日前の出来事が遠い昔のように感じることもあります。
時計が示す時間と、人間が経験する時間。
柔らかい時計は、その2つが同じものではないことを想像させます。
中央にいる奇妙な生き物

もうひとつ気になるのが、画面中央に横たわっている白い物体です。
生き物のようにも見える。岩のようにも見える。よく見ると、長いまつ毛のついた閉じた眼のようなものもあります。
実はこの奇妙な形。ダリ自身の顔が変形したものではないかと考えられています。その上にも柔らかい時計が置かれています。
眠っている人間のようにも見えるこの姿と、現実ではありえない風景。夢を見るダリ自身が、夢のなかに登場しているようにも見えてきます。ただし、ダリの作品では「これは○○を意味する」と一つの答えに決めることが難しい。
それこそがシュルレアリスムの面白さでもあります。
アリが群がる時計

画面左下には、もうひとつ時計があります。こちらは溶けていません。赤茶色の蓋が閉じた懐中時計です。しかし、その表面には大量のアリが群がっています。
ダリの作品において、アリは繰り返し登場するモチーフです。MoMAでは、アリは腐敗を示すものとして説明されています。
普通なら腐るはずのない金属製の時計に、まるで腐った肉のようにアリが集まっている。ここでも「時計」という安定した存在が壊されています。
柔らかくなった時計。腐敗するような時計。
時間を正確に測り続けるはずの道具が、この世界ではまったく信用できません。
時間は、本当に同じ速さで流れているのか

「記憶の固執」には、ほとんど人間が登場しません。
静かな海。岩山。枯れた木。溶けた時計。そして眠っているような奇妙な存在。音すら聞こえてこないような世界です。
それなのに、この絵を見ていると時間というものを強く意識します。
時計とは、本来なら曖昧な時間を数字に変えるための道具です。でも、ダリの世界ではその時計自体が曖昧になっている。
人間の記憶も似ています。記憶は、過去をそのまま保存しているわけではありません。時間が経つことで薄れたり、形を変えたり、逆にある瞬間だけが強烈に残ったりする。
タイトルは記憶の固執。消えていくものがある一方で、なぜか消えずに残り続けるものもあります。ダリがこの題名にどこまで明確な意味を込めたのかを、1つに決めることはできません。
それでも、硬い時計が柔らかくなってしまった世界を見ていると、普段当たり前だと思っている「時間」というものが、急に不確かなものに見えてきます。
時計は正確に時を刻みます。でも、人間の中を流れる時間は、それほど正確ではない。長く感じる一瞬もあれば、一瞬のように過ぎてしまう何年もある。そして時間が過ぎても、消えない記憶がある。
「記憶の固執」に描かれた奇妙な世界は、現実から遠く離れた夢のようでいて、意外と人間が生きている時間そのものに近いのかもしれません。















→理性だけではない世界への興味
→カマンベールチーズ