ロココ美術の特徴/貴族趣味の強い美術を解説【西洋美術史㉒】

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記事の要約

☑18世紀のフランス

☑装飾的で曲線を多用

☑繊細で軽快な美術


 

ロココ美術とは18世紀に
ヨーロッパで流行した様式をさします。

ロココの語源であるロカイユ
装飾用語で、小石や貝殻をちりばめた
装飾をさす言葉です。

それまでのフランス美術の主流だった
古典主義とは違う美術
生まれていきます。

まずはこの時代の作品の
画像を確認していきましょう。

スービーズ館 シテール島への巡礼 ブランコ 食前の祈り


18世紀に至るまでの
フランス・バロック美術については
こちらの記事を参照してください。

アントワーヌ・ヴァトー
アントワーヌ・ヴァトー
ジャン・オノレ・フラゴナール
ジャン・オノレ・フラゴナール
ジャン・シメオン・シャルダン
ジャン・シメオン・シャルダン


美術史年表
〇ロココ美術(1710年頃~)
⇒ヴァトー、フラゴナール、シャルダンetc…
〇新古典主義(18世紀中頃~19世紀初頭)
⇒ダヴィッド、カノーヴァ、アングルetc…



ロココ美術

 

ロココ美術

ルイ14世が1715年に亡くなると、
フィリップ2世がまだ幼いルイ15世の
摂政となり、時代は享楽的な貴族文化へと
変化していきました。

その後ルイ16世の時代には
王権と教会の権威は後退し、
貴族と上流市民による軽快なサロン
文化が台頭しました。

ロココの室内装飾

 

スービーズ館
出典:空の旅

ロココ美術を知るために
まず、室内装飾をみていきましょう。

古典主義の美術では安定した構造、
左右対称性や直線が好まれました。

しかしロココでは
連続するアーチや曲線などが多用され、
画像でも確認できるように
ザ・ヨーロッパ貴族
のような雰囲気を感じます。

絵画と装飾が融合したロココ的内装は
ヨーロッパで熱狂的な流行を生みました。

アントワーヌ=ヴァトーと雅宴画

 

アントワーヌ・ヴァトー
アントワーヌ・ヴァトー肖像

初期のロココ絵画を代表する画家が、
アントワーヌ=ヴァトー(1684~1721)
です。

ヴァトーは「シテール島への巡礼」で
人物たちの優雅な身ぶりと衣装の軽やかさを
表現し、屋外での男女の語らいを描きました。

シテール島への巡礼
「シテール島への巡礼」(1717年)

この作品でヴァトーはアカデミーへの入会を
果たします。
また、ヴァトー入会に際して、
雅宴画という新しいジャンルが新設されました。

雅宴画とはヴァトーの作品のような
屋外で談笑する当世風の衣装で着飾った男女の
集いを描いたものです。

フラゴナール「ブランコ」

 

ジャン・オノレ・フラゴナール
ジャン・オノレ・フラゴナール自画像

ロココ時代を代表するもう1人の画家が
ジャン=オノレ=フラゴナール(1732~1806)
です。

彼の代表作「ブランコ」は
18世紀フランスの軽薄で非道徳的な
貴族社会を映し出しています。

ブランコ
「ブランコ」(1767年)

この作品ではブランコに乗る貴婦人の
スカートの中を、男性が下から覗き込むという
場面が描かれています。

ヴァトーの雅宴画がより奔放的で官能的に
描かれています。

ちなみに右奥に描かれているのは
貴婦人の夫で、若い男性は愛人だとされています。
今の日本人の感覚からは
理解しがたい作品かもしれませんね。

静物画と風俗画

 

18世紀のフランスでは
上流市民の中に美術愛好家が増えていきました。

バロック時代のオランダでもそうでしたが、
上流市民(=貴族や宗教関係者ではない)が
顧客になってくると、
知識が必要な絵ではなく、静物画や風俗画など
日常生活を映し出したものや、わかりやすい
が求められるようになりました。

その需要にこたえた代表的な画家が
ジャン=シメオン=シャルダン(1699~1779)
です。

ジャン・シメオン・シャルダン
ジャン・シメオン・シャルダン自画像

彼はフランスの中流家庭の日常を
描き出しました。

食前の祈り
「食前の祈り」(1740年)

画面前景で祈りを唱えている子供は
女の子の格好をしていますが、男の子です。

当時、男児の死亡率が高かったので魔除けの
ような意味合いを込めて男児に女の子の格好を
させることがありました。

まとめ

 

シテール島への巡礼
☑18世紀のフランスでは享楽的な貴族文化が栄えた

☑ヴァトーは新たな絵画のジャンル、雅宴画を生んだ

☑上流市民層には静物画や風俗画が好まれた

次回は新古典主義の美術を解説します。