ネーデルラントやフランス、
ドイツ語圏の国々で起こった
15~16世紀の芸術運動を
北方ルネサンスと呼んでいます。
この記事ではドイツでの動向や
宗教革命について解説します。
まずはこの時代の作品の
画像を確認していきましょう。
![miracle fishing](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/549px-Konrad_Witz_008-1-300x262.jpg)
![archangel michael](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/330px-St.Michaelショーンガウワー-1-207x300.jpg)
![Melancholia I](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/378px-Durer_Melancholia_I-1-236x300.jpg)
![Albrecht Dürer](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/348px-Albrecht_Durer_-_Selbstbildnis_im_Pelzrock_-_Alte_Pinakothek-1-218x300.jpg)
![law and gospel](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/595px-Lucas_Cranach_I_-_The_Law_and_the_Gospel-1-300x242.jpg)
![Ambassadors](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/487px-Hans_Holbein_the_Younger_-_The_Ambassadors_-_Google_Art_Project-1-300x296.jpg)
![Martin Schongauer](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/516px-Hans_Burgkmair_d.A._-_Bildnis_Martin_Schongauer_Kopie-1-215x300.jpg)
![](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/538px-Albrecht-self-1-224x300.jpg)
![Lucas Cranach](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/548px-Lucas_Cranach_d._A._063-1-228x300.jpg)
![Hans Holbein](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/HolbeindJ.jpg)
目次
ドイツルネサンスの特徴
![Munich](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/640px-Stadtbild_Munchen-1-300x203.jpg)
ドイツはイタリアのように
古代彫刻などの遺産に恵まれておらず、
造形性を学ぶ機会がありませんでした。
しかし一方で銅版画技術が開発され、
グーテンベルグが活版印刷術を発明し、
出版業が発達するなどの進展もありました。
出版業の発達によって
それまで上流階級の利用に限られていた
書物が大衆化されるなどしました。
コンラート・ヴィッツ
![miracle fishing](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/549px-Konrad_Witz_008-1-300x262.jpg)
コンラート・ヴィッツは
絵画に実際の風景を描いた
最初期の1人といわれています。
それまでの絵画では
実際の風景を用いるのではなく、
理想化した風景を描くことが
ほとんどでした。
また、風景の広大ながらも
細密に描き込んでいる感じは
ネーデルラントの影響を感じさせます。
- 生きた年代
→1400~1446年 - 代表作
→奇跡の漁りなど - なにをした人?
→絵画の風景に実景を描きこんだ最初期の画家
マルティン・ショーンガヴァー
![archangel michael](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/330px-St.Michaelショーンガウワー-1-207x300.jpg)
ドイツ語圏の修道院では
14世紀末頃からキリストや聖人の
木版画が多数制作されていました。
1430~1440年頃に銅版画が発明され、
1470年頃になると
マルティン・ショーンガヴァーのような
銅版画家を兼ねる画家が現れます。
この頃から銅板を彫る技術は
ほぼ完成に近づいており、
テンペラや油彩画にも匹敵する
質を兼ね備えていました。
![Martin Schongauer](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/516px-Hans_Burgkmair_d.A._-_Bildnis_Martin_Schongauer_Kopie-1-215x300.jpg)
- 生きた年代
→1450~1491年 - 代表作
→大天使ミカエルなど - なにをした人?
→画家と銅版画家を兼ねた人物。銅版を彫る技術はほぼ完成に近かった
木版画と銅版画の違い
![](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/640px-Preparing_a_Woodcut_Design-1.jpg)
木版画は↑のように木版を彫って、
凸の部分にインクをつけて印刷します。
↓版木の状態↓
![woodblock print](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/358px-Woodcut_Saint_Sebastian_woodblock_BM-1-224x300.jpg)
↓印刷後↓
![woodblock print](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/359px-Woodcut_Saint_Sebastian_print_BM-1-224x300.jpg)
![銅版画](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/Graveur-1.jpg)
一方の銅版画は木版画と真逆で、
凹の部分にインクを盛って刷り上げます。
銅版画の方が木版画に比べ
精密な作品が仕上がることや、
複製技術に長けていました。
よって銅版画が発明されると
木版画は衰退していきました。
↓銅版画の作品例↓
![1600年代の作家Ambrosius Hannemannの銅板](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/640px-Chalcography-1.png)
アルブレヒト・デューラー
![Melancholia I](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/378px-Durer_Melancholia_I-1-236x300.jpg)
アルブレヒト・デューラーは
ドイツルネサンスを代表する1人であり、
ドイツ美術に多大な貢献をした画家です。
デューラーは銅版画家としても優れており、
当時のドイツ王であるマクシミリアン1世の
庇護を受けました。
![Arch of Maximilian I](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/DMBcbPTVwAAFNc6-1-257x300.jpg)
マクシミリアン1世は銅版画を
政治的なプロバガンダとして利用した1人で、
版画作品をデューラーに制作させています。
![Venice](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/640px-Venezia-punta_della_dogana-1-300x225.jpg)
またデューラーは2回にわたって
ヴェネツィアを訪れており、
イタリア美術から造形性を学ぶと同時に
イタリアでの芸術家の地位に驚き、
ドイツでの芸術家地位向上を唱えました。
![Albrecht Dürer](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/348px-Albrecht_Durer_-_Selbstbildnis_im_Pelzrock_-_Alte_Pinakothek-1-218x300.jpg)
デューラーのその自負心は、
自らをキリストに模して描いた
自画像にも表れています。
![](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/538px-Albrecht-self-1-224x300.jpg)
- 生きた年代
→1471~1528年 - 代表作
→メランコリア I
→騎士と死と悪魔など - なにをした人?
→ドイツルネサンス期の画家。ヴェネツィアに2度渡り、帰国後はドイツ美術や芸術家の地位向上に貢献した
ルーカス・クラーナハ
![law and gospel](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/595px-Lucas_Cranach_I_-_The_Law_and_the_Gospel-1-300x242.jpg)
ルーカス・クラーナハは
デューラーとも競いながら、
多くの祭壇画などを描いた画家です。
同名の息子もいることから、
ルーカス・クラーナハ(父)と
表記されることが多いです。
![Martin Luther](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/328px-Lucas_Cranach_I_workshop_-_Martin_Luther_Uffizi-1-205x300.jpg)
宗教革命を起こしたルターとも
個人的な親交があったクラーナハは、
彼の依頼で肖像画を多数描いています。
![Lucas Cranach](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/548px-Lucas_Cranach_d._A._063-1-228x300.jpg)
- 生きた年代
→1472~1553年 - 代表作
→ヴィーナス
→ルターの肖像画など - なにをした人?
→ドイツルネサンス期の画家。ルターと個人的な親交があり、ルターの肖像画を多数描いた
ハンス・ホルバイン
![Ambassadors](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/487px-Hans_Holbein_the_Younger_-_The_Ambassadors_-_Google_Art_Project-1-300x296.jpg)
ハンス・ホルバインは宮廷画家として、
肖像画で手腕を発揮した人物です。
彼が肖像画で活躍した背景には、
宗教革命による宗教画の
需要減少があります。
↑の「大使たち」に描かれる
人物の足元にはアナモルフォーズという
方法で描かれた髑髏があります。
一説にはメメント・モリ、
「死を忘れることなかれ」という
寓意が込められていると考えられています。
![Hans Holbein](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/HolbeindJ.jpg)
- 生きた年代
→1497~1543年 - 代表作
→大使たちなど - なにをした人?
→宮廷画家として活躍した - その他の記事
→大使たちを解説
宗教革命とは?
![religious revolution](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/Francois_Dubois_001-300x180.jpg)
宗教革命はマルティン・ルターが
ローマ教皇庁に対して
異議を唱えたことで始まりました。
その発端はローマ教皇がドイツで
贖宥状を販売したことでした。
贖宥状とは簡単に言えば
買えば罪が軽減される証書です。
![](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/640px-Luther95theses-1-300x169.jpg)
この贖宥状の販売は、
形骸化した教会に対する批判を強め、
ルターは1517年にカトリック教に対して
「95箇条の議題」を提出します。
それを機に教会糾弾の動きは
ドイツ全土へと広がり、
一部地域では聖像破壊運動が
引き起こされました。
ルターが唱えた異議
![](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2022/07/bible-g844e9a0ea_640-1-300x211.jpg)
ルターはもともと修道院で生活し、
神学を勉強していた人物でした。
そんなルターが唱えたのは
贖宥状のようなものは
聖書に記述がないので誤っている
ということでした。
たしかに聖書には
「信仰の拠りどころは、
神の言葉を記した聖書だけ」
という記述があります。
つまりルターは聖書だけが
信じるべきものであり、
聖書に記されていない贖宥状は
間違っていると非難したのです。
![Martin Luther](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/328px-Lucas_Cranach_I_workshop_-_Martin_Luther_Uffizi-1-205x300.jpg)
- 生きた年代
→1483~1546年 - なにをした人?
→形骸化したカトリック教に対して「95箇条の議題」を提出した人物。それを機に宗教革命が起こった。 - その他の記事
→カトリックとプロテスタントの違いとは?
宗教革命の結果
出典:ことくらべ
宗教革命後、カトリック教から
プロテスタントと呼ばれる一派が
分裂する形となりました。
プロテスタントは
偶像の崇拝を原則禁止としたので、
プロテスタントが多数派を占める国では
宗教画の需要が減少しました。
このことは、国別の美術の発展に
大きな影響を及ぼしました。
まとめ
![Ambassadors](https://arttayousei.online/wp-content/uploads/2021/02/487px-Hans_Holbein_the_Younger_-_The_Ambassadors_-_Google_Art_Project-1-300x296.jpg)
✓銅版画が発明されると、
デューラーなど多才な芸術家が
銅版画技術を磨いた
✓ハンス・ホルバインなど
肖像画を生業にする画家も登場した
✓ルターが宗教革命を起こした後、
プロテスタントの国では
宗教画の需要が減少した
次回はマニエリスムを解説します。
→銅版画の発明
→2度ヴェネツィアへ
→ドイツ美術に貢献
→1517年にルターが起こした
→プロテスタントが分裂
→宗教画の需要が減少