ヴェネツィア美術を解説/ディセーニョとコロリートの違いとは?【西洋美術史⑬】

サムネイル16

 

記事の要約

☑フィレンツェ派との違いとは?

☑色彩豊かな表現

☑ディセーニョとコロリート


 

ヴェネツィア美術の特徴は
色彩豊かな表現です。
それがフィレンツェ派との違いでも
あります。

この記事では
ヴェネツィア美術を解説すると共に
フィレンツェ派との違いにも
触れていきたいと思います。

まずは作品の
画像を確認していきましょう。

書斎の聖ヒエロニムス 嵐 ウルビーノのヴィーナス 受胎告知


海上都市国家であるヴェネツィアは
東方貿易で発展し、
内陸部にも領地を拡大していく中で
貴族たちが農園経営に乗り出しました。

15世紀後半にはネーデルラントから
伝えられた油彩画を発展させて
色彩表現を深めていきます。

アンドレア・マンテーニャ
アンドレア・マンテーニャ
アントネロ・ダ・メッシーナ
アントネロ・ダ・メッシーナ
ジョルジョーネ
ジョルジョーネ
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ


その他のルネサンス解説記事はコチラ

ルネサンス年表
〇プレ・ルネサンス(13‐14世紀)
⇒ジョットetc…
〇初期ルネサンス(15世紀)
⇒ドナテッロ、マザッチョ、ブルネッレスキetc…
〇盛期ルネサンス(1500~1530年)
⇒ダヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロetc…



ヴェネツィア美術

 

ヴェネツィア

15世紀後半の北イタリア美術(特に絵画)の
中心的役割を担ったのが、
ヴェネツィア近郊のパドヴァで
画家をしていたアンドレア・マンテーニャです。

アンドレア・マンテーニャ
アンドレア・マンテーニャの胸像

パドヴァには彫刻家ドナテッロの作った
先進的な彫刻が遺されていました。
加えて古代の遺跡が豊富で、
マンテーニャはそこから彫刻のような
人体表現を学んでいきました。

死せるキリスト
マンテーニャ「死せるキリスト」1490年代

マンテーニャの他にヴェネツィア絵画に
大きく貢献した1人として、
アントネット・ダ・メッシーナ(1430~1479)
がいます。

アントネロ・ダ・メッシーナ
アントネロ・ダ・メッシーナ

ナポリでネーデルラント絵画を
学んだアントネットは1475~1476年に
ヴェネツィアを訪問して、
油彩画技法を用いた細密で
独特な北方の様式を伝えました。

書斎の聖ヒエロニムス
アントネット「書斎の聖ヒエロニムス」(1460年頃)

ルネサンスを経て各地で美術が発展し、
偉人たちが遺した作品を
また次の世代が吸収していきました。

ジョルジョーネ「嵐」

 

嵐
「嵐」(1508年頃)

ジョルジョーネ(1477~1510)は
ダヴィンチが考案したスフマート技法や
明暗法を取り入れ、
感情の表現や大気の奥深さを巧みに描きました。

ジョルジョーネ
ジョルジョーネ自画像

「嵐」という作品では、
今まで背景に過ぎなかった風景を
画面全体に表現しています。

微妙な明暗により深い詩情のある風景は
風景画の先駆ともみられています。

ティツィアーノ「ウルビーノのヴィーナス」

 

ウルビーノのヴィーナス
「ウルビーノのヴィーナス」(1538年頃)

これは有名な作品です。
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1488~1576)
はジョルジョーネが
描いた裸婦画を細かく修正して、
この作品を生み出しました。

↓ジョルジョーネの裸婦画はコチラ↓

眠れるヴィーナス
「眠れるヴィーナス」(1510年頃)

油彩のやわらかな筆致を重ねて
女性の肌を描き、皮膚感を巧みに
表現しています。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ自画像

フィレンツェ派との違い

 

ここでフィレンツェ派との
違いを確認しておきましょう。

フィレンツェ派の画家は素描(線)で
形を表現することを重要視しました。
専門用語でディセーニョ(線素描)といいます。

一方、ヴェネツィア派の画家は色彩を
駆使して対象の「質」を表現することを
重要視しました。
専門用語でコロリート(色彩)といいます。

要はデッサンか色彩かってところです。

作品を比べてみるとより理解が深まります。

まずはフィレンツェ派の作品です↓
(輪郭線にも注目してみて下さい)

受胎告知
フラ・アンジェリコ「受胎告知」(1440年代前半)
聖母子と二天使
フィリッポ・リッピ「聖母子と二天使」(1465年)
ヴィーナスの誕生
ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」1485‐1486年

輪郭線が明確で、
くっきりしている印象を受けます。
また、安定的な構図でどっしりしてます。

次にヴェネツィア派の作品です↓

牧場の聖母
ジョヴァンニ・ベッリーニ「牧場の聖母」(1500‐1505年)
『田園の奏楽』
ジョルジョーネ?「田園の奏楽」(1509年頃)
フローラ
ティツィアーノ「フローラ」(1515年頃)

フィレンツェ派と違って
やわらかい色彩で、透明感があります。

このように、ルネサンス期でも
地域によって作風は全く異なります。

ティツィアーノ「受胎告知」

 

受胎告知
ティツィアーノ「受胎告知」(1564年頃)

最後にティツィアーノが描いた別の作品、
受胎告知を紹介します。

大天使ガブリエルが聖母マリアへ
受胎を告知する場面ですが、
ティツィアーノはそれまでの
受胎告知とは違い
聖霊のハトを劇的に描いたり、
明確な輪郭線ではなく
複雑な筆致や絵具のこすれで
表現しました。

ミケランジェロが主張した輪郭線や
ディセーニョが当時の美術の基盤と
されていましたが、
ティツィアーノはそういった理論からは
距離をとって、
筆触と厚塗りを駆使する技法を追求しました。

彼の作品は、
グイド・レーニなど後のバロック画家に
影響を与えました。

まとめ

 

ウルビーノのヴィーナス
☑ドナテッロらが遺した作品や北方ルネサンスの影響を受けて発展したヴェネツィア美術

☑フィレンツェ派とは異なり色彩を重視するのが特徴

☑ティツィアーノはそれまでの美術の基盤とは違う技法を追求した

次回は北方ルネサンスを解説します。