抽象美術とは?特徴や代表作を解説【西洋美術史㉜】

 

記事の要約

✓抽象とは本質的なものを引き出すこと

カンディンスキーモンドリアンらが活躍した

具体的絵画の伝統から脱却

 

20世紀初頭、
政治やテクノロジーは次々に更新され
変化の激しい社会に突入します。

芸術家たちはそうした社会でも
決して変わらないもの
人知を超えた絶対的な存在
探求しようとしました。

抽象美術はそうした考え方の中から
生まれていきます。

まずはこの時代の代表作の
画像を確認していきましょう。

コンポジションⅥ 赤・青・黄のコンポジション 黒の十字 ドゥルカマラ島

ワシリー・カンディンスキー
ワシリー・カンディンスキー
ピエト・モンドリアン
ピエト・モンドリアン
カジミール・マレーヴィチ
カジミール・マレーヴィチ
パウル・クレー
パウル・クレー


美術史年表
キュビスム(1907~)
⇒ピカソ、ブラック、ドローネーetc…
未来派(1909~1924年頃)
⇒ボッチョーニ 、セヴェリーニ etc…
抽象美術(1910年頃~)
⇒カンディンスキー、モンドリアンetc…

抽象美術とは?

 

ブロードウェイ・ブギウギ
モンドリアン「ブロードウェイ・ブギウギ」1942‐1943年

抽象とは具体的なものから、
本質的な何かをひきだすという
意味があります。

抽象美術とは従来の人や風景など
目に見える具体的な対象を描くのではなく、
本質的なものを色彩や形態によって
成立させる美術をさします。

19世紀後半のフランスでは
ゴッホやゴーギャン、セザンヌらによって
写実的に描くだけではない美術が
模索されていました。

サムネ

 

それから20世紀初頭に入り、
マティスらによるフォーヴィズム、
そしてピカソらによるキュビスムに
引き継がれていきます。

サムネ

 

そして1910年代前半から、
自覚的に「抽象美術」に取り組む
3人の画家が現れます。

それが、

  • ワシリー・カンディンスキー
  • ピエト・モンドリアン
  • カジミール・マレーヴィチ

です。

ワシリー・カンディンスキー

 

ワシリー・カンディンスキー
ワシリー・カンディンスキー

表現主義の画家として活躍した
カンディンスキーは1913年頃から
西洋美術史上はじめて自覚的に抽象絵画を
描いた人物です。

 

印象Ⅲ(コンサート)
「印象Ⅲ(コンサート)」1911年

1911年に自身の内的な響きを
表現した「印象Ⅲ」を完成させた
カンディンスキーは次に
インプロヴィゼーション
コンポジションという2つのシリーズの
制作を開始しました。

それぞれのシリーズの意味を端的に
説明すると以下の通りです。

  • 印象
    ⇒現実の様子に心情を加えて表現したもの
  • インプロヴィゼーション(即興)
    ⇒湧きあがった感情にすぐ色や形を与えたもの
  • コンポジション(作曲/構成
    ⇒インプロヴィゼーションによる形態を
    綿密に組み合わせて描いたもの

 

コンポジションⅥ
「コンポジションⅥ」1913年

即興的に描かれた無数の筆致が
特定の形態をなすことなく画面全体に
広がっているこのシリーズは、
具体的なものを表現しようとしては
描くことができない世界の混沌が
表されています。

ピエト・モンドリアン

 

ピエト・モンドリアン

ピエト・モンドリアン(1872~1944)も
抽象画家の創始者とされている画家です。

モンドリアンは自身の作品に
ある厳格なルールを設けました。

それは
水平線と垂直線、黒白2色の無彩色に
赤・青・黄の3つの有彩色のみを
用いて描くというものでした。

 

赤・青・黄のコンポジション
「赤・青・黄のコンポジション」1930年

彼がこのようなルールを設けた理由
として「神智学」が考えられています。

神智学は当時のヨーロッパにあった
神秘主義思想の1つで、
現世を超えた神秘的な世界に入ることを
目的としていました。

神智学論者たちはその世界への
足掛かりとして世界の根本的な
構成原理としての幾何学があると考えました。

モンドリアンはオランダの神智学協会に
参加していたことがわかっており、
彼の作品はそこでの体験による影響が
大きいのではないかと考えられています。

 

コンポジション No. 10
「コンポジション No. 10」1939‐1942年

カジミール・マレーヴィチ

 

カジミール・マレーヴィチ

マレーヴィチ(1879~1935)は
ウクライナ・ソ連の抽象主義の画家です。

彼は1912年頃まではキュビスムの影響が
色濃い作品を制作していました。

 

研磨工
「研磨工」1912年

そして1917年のロシア革命や
ソビエト社会主義国連邦の成立など、
ロシア社会の急速な変化と呼応するかの
ようにマレーヴィチの芸術も変化しました。

 

黒の正方形
「黒の正方形」1915年
黒の十字
「黒の十字」1923年

白い正方形に黒の十字形や正方形。

極限までに切り詰められた形態、作品は
芸術が新たな社会とともに新時代に入った
ことを示す旗印でもありました。

パウル・クレー

 

パウル・クレー
パウル・クレー

パウル・クレー(1879~1940)は
スイスに生まれた画家です。

カンディンスキーと共に青騎士としても
活躍していた彼は他の抽象画家とは
異なる抽象作品を描きました。

 

ドゥルカマラ島
「ドゥルカマラ島」1938年

それは抽象的でありながら
なにか具体的なものにも見える作品です。

ドゥルカマラ島で描かれた太い線は
抽象的な記号とも具体的な生き物とも
見えます。

またクレーはこの形を新聞紙の上に
描いており、彼の絵画に対する柔軟な
姿勢が表れています。

 

芸術とは、目に見えないものを
見えるようにすることだ

これはクレーの有名な言葉です。

それまでの西洋絵画の伝統が
具体的に見えるものを描くことだったと
思えば、このような言葉が出てきた
だけでも時代の大きな変化を感じますね。

まとめ

 

赤・青・黄のコンポジション
まとめ

✓抽象とは「具体的なものから本質的なものを引き出す」という意味

✓カンディンスキーはインプロヴィゼーション(即興)コンポジション(作曲/構成)というシリーズの制作を開始した

✓モンドリアンは幾何学的なルールを用いて作品を描いた

✓「具体的に目に見えるもの」を描いた伝統からの脱却が始まった

次回はダダとシュルレアリスムを解説します。