19世紀中頃のイギリスでは、
アカデミーに反発してラファエロ以前の
美術に回帰することを掲げた
美術グループが誕生しました。
彼らをラファエル前派といい、
当初はロセッティ、ミレイ、ハント
の3人で構成されていました。
まずはこの時代の作品を確認しましょう。




ラファエル前派の特徴

当時のイギリス・アカデミーでは
盛期ルネサンスのラファエロを模範とし、
それ以外の新たな表現を認めない方針でした。
そんなアカデミーに不満を抱いた
ロセッティ、ハント、ミレイの
3人はラファエル前派を結成しました。
ラファエル前派は盛期ルネサンス以前の
中世や初期ルネサンスの美術を模範とし、
古典偏重の美術教育に異を唱える意味が
込められています。

彼らの作品の特徴には、
- 自然描写や歴史描写における
科学的な正確さや精緻さ - 細部まで徹底して描き込む緻密な描写
- 聖書、神話、中世の文学や詩などを
題材にした幻想的で美しい世界観
などが挙げられます。
またロセッティの弟ウィリアムは後年、
グループ結成当時の理念を
以下のように整理しています。
- 表現すべき本物のアイディアをもつこと
- アイディアの表現を学ぶために、
自然を注意深く観察すること - 慣習、自己顕示、決まりきったやり方で
身につけた型を拒絶するために、
過去の芸術のなかの率直で、真剣で、
誠実なものに共感を寄せること - 最良の優れた絵や彫刻を制作すること
ここからはグループ結成メンバーの
3人を紹介していきます。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティは
ラファエル前派の中心的な役割を担った
イングランドの画家・詩人です。
ロセッティの作品は全体として
装飾的・耽美的な構成の作品が多く、
その一方グループ内でも徹底した
細密描写は得意でなかったと言われています。

↑の作品でモデルを務めたのは
妻のエリザベス・シダルです。
彼女はミレイの「オフィーリア」でも
モデルを務めています。

- 生没年
→1828~1882年 - 代表作
→魔性のヴィーナスなど - なにをした人?
→ラファエル前派結成メンバーの1人で中心的な役割を果たした人物。シダルとジェーンという2人の女性と複雑な関係を築き、彼の芸術を語る上で避けては通れない事項でもある
ジョン・エヴァレット・ミレー

「オフィーリア」はミレー自身及び
ヴィクトリア朝の最高作と名高い作品です。
1862年のアカデミー展に出品したもので、
シェイクスピアのハムレットのヒロイン、
オフィーリアを題材にしたもの。
モデルを務めたのは後にロセッティの
妻となるエリザベス・シダルです。
夏目漱石の「草枕」にも
この作品に言及した箇所があります。

ミレーは幼少期から優れた画才を示し、
11歳でロイヤル・アカデミー付属美術学校に
史上最年少での入学を許可されました。

1863年には「初めての説教」で
アカデミーの正会員として選出されます。
この作品はイギリスの少女画ブームの
火付け役となりました。
ミレーは少女画を描くにあたって、
ただ、微妙で静かな表情のみが完璧な美と
両立する誰が見ても美しい顔を描くなら、
人格が形成され表情が決まる前の
8歳前後の少女が一番よい
と語っています。

- 生没年
→1829年~1896年 - 代表作
→オフィーリアなど - なにをした人?
→ラファエル前派の1人。幼少時から優れた画才を示し、1896年にはロイヤル・アカデミーの会長にも選出された - その他の記事
ウィリアム・ホルマン・ハント

主要メンバーであった3人のうち、
ロセッティとミレーは徐々に
芸術的方向性を変えていきました。
一方いつまでも特色を変えなかったのが
ウィリアム・ホルマン・ハントです。
その特色とは、
- 聖書、伝説などに主題を求めること
- 隅々まで徹底的に描き込んだ細密描写
です。

彼は聖書の物語を描くには
現場を見なければならないと考え、
パレスチナを3度も訪れています。

- 生没年
→1827~1910年 - 代表作
→雇われ羊飼いなど - なにをした人?
→グループ内でも徹底した写実主義者であった画家。画家としての特色を最後まで保っていた人物でもある
まとめ

✓イギリス・アカデミーに反発した
ロセッティ、ミレー、ハントによって
ラファエル前派は結成された
✓古典偏重の美術教育に異を唱える
意味が込められている
✓ジョン・エヴァレット・ミレーは
ロイヤル・アカデミーの会長にも選出された
次回は印象主義の美術を解説します。




















→古典偏重の美術教育に異を唱える
→聖書や神話がテーマ
→細部まで描きこむ緻密さ
→幻想的で美しい世界観