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縄文・弥生・古墳時代の美術の特徴を解説【日本美術史①】

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記事の要約
  1. 縄文時代
    →火焔型土器
    →表面を文様が覆う土器
  2. 弥生時代
    →稲作が中心
    →実用的かつシンプルな造形へ
  3. 古墳時代
    →首長の権力を民衆へ示す
    →人や家の形をした埴輪が造られる

 

この時代の作品は鑑賞用ではなくて、
用途が先にあって造形されたもの
多いのも特徴といえます。

日常や特別な祭儀など、
どのように使用されて
どのような意味があったのか。

現在でも研究が進んでいます。

まずはこの時代の作品の
画像を確認していきましょう。

Jomon pottery clay figurine pot-shaped earthenware bronzeware ancient tomb Haniwa


美術史年表

縄文時代⇒B.C.13000年頃~

弥生時代⇒B.C.300年頃~

古墳時代⇒300年頃~

飛鳥時代⇒592年~

縄文時代の美術

 

縄文文化はB.C.13000年頃~の
縄文時代に日本各地で発達した
新石器文化のことをさします。

この時代は磨製石器を用いた
狩猟・採集文化を特徴としており、
縄文土器は大きく6期に分けられます。

  1. 草創期(B.C.13000~)
  2. 早期(B.C.10000~)
  3. 前期(B.C.5000~)
  4. 中期(B.C.3500~)
  5. 後期(B.C.2500~)
  6. 晩期(B.C.1300~)

この中でも美術的な要素が豊富なのは
縄文中期の土器といわれています。

 

Jomon pottery
火焔型土器(縄文中期)

↑のような土器は火焔かえん型土器と呼ばれ、
表面を覆い尽くす文様がどこか不気味で
呪術的な印象を与えます。

また縄文土器は中期から後期にかけて、
制作技術が大きく発展したことを背景に
薄くシンプルな形態に変化しました。

西日本ではそこに朝鮮半島からの影響が
加わって弥生土器へと展開していきます。

土偶

 

clay figurine

土偶とは人の形をした
土製品のことをさします。

その多くが意図的に壊された状態
出土されており、呪術的な儀式に
使用されていたと考えられています。

 

clay figurine
縄文のヴィーナス

長野県茅野市の棚畑遺跡たなばたけいせきからは
縄文のヴィーナスと呼ばれる、
妊婦状の女性の像が完全な形で
発見されています。

なんらかの祭祀の中心に据えられ、
小型土偶と一緒に廃棄されていました。

祭祀の実態は詳しくわかっていませんが、
精霊を宿すという重要な役割を
担っていたと考えられています。

弥生時代の美術

 

pot-shaped earthenware

弥生時代からは米作りが広がり、
農耕が中心となりました。

それに伴い土器もシンプルで
実用的なものに変化していきます。

 

pot-shaped earthenware high cup
器形による土器の器種分類

特に壺の形は豊富で、
均整のとれたものが多く
弥生土器を代表する器種といえます。

 

bronzeware
青銅器(銅鐸)

また稲作は2500年前に
渡来人によって伝わったものですが、
同時に大陸からは青銅器鉄器なども
もたらされました。

青銅器には銅鐸や銅鏡、銅剣などがあり、
豊作を祈る祭りの道具であった
とされています。

古墳時代の美術

 

ancient tomb
大仙陵古墳

3~8世紀にかけて
巨大な古墳が造られるようになり、
この時代を古墳時代といいます。

古墳はその地域の首長が
権力を民衆に示すために造られ、
遺体と共に人や動物、家、武具などの
形をした埴輪と一緒に納められました。

 

Haniwa
男子胡坐像
Haniwa
馬形埴輪
Haniwa
家形埴輪

家形埴輪は死者が帰る場所とも
考えられており、
人や動物の形をした埴輪も
葬送儀式においてなんらかの役割を
担っていたと考えられています。

まとめ

 

Jomon pottery
まとめ

✓縄文時代には火焔型土器のような
呪術的な印象の土器が造られた

✓弥生時代には実用的かつシンプルな
形の壺などが多く造られ、
大陸からは青銅器や鉄器が伝わった

✓古墳時代には巨大な古墳と、
人や家の形をした埴輪が造られた

次回は飛鳥・奈良時代の美術を解説します。