原始・古代・エーゲ海美術を解説/西洋美術史のはじまりです【西洋美術史①】

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記事の要約

☑壁画に絵を描いた

☑祈りを表現した

☑権力を象徴する美術も生まれた


 

西洋美術史は紀元前30000年頃から
始まります。

歴史の授業でも
学んだことのある時代
ですが、美術という観点から
見てみると面白い発見が
たくさんあります。

まずはこの時代の作品の
画像を確認していきましょう。

原始美術
古代美術クレタ美術ミュケナイ美術

祈りから生まれた美術は権力の象徴へ。
その流れをみていきます。
美術史年表
原始美術 ⇒紀元前30000年頃~
☑古代美術 ⇒紀元前4000年頃~

☑エーゲ海美術 ⇒紀元前3000年頃~




原始美術

 

原始美術
ショーヴェ洞窟の壁画(ハイエナ)

現存する最も古い作品は
ショーヴェ洞窟の壁画といわれています。
狩りを行う時代に獲物が取れることを
祈って描いたそうです。

特徴は願いの対象だけを描いており、
背景がないことです。
植物など自然に対する興味が
薄かったのかもしれません。

ちなみにこの、
想像したもの(目の前にないもの)を
描く能力は人類特有のものです。

原始美術
ヴィレンドルフのヴィーナス

女性の形をした小像なども
多く発見されています。

胸や腹部、お尻が誇張されているのは、
子供を多く授かるよう
祈りを込められたようです。

ちなみにこの像は自立させる
ことができないため、
鑑賞用ではなく携帯用に
作られたのではないかと考えられています。

原始美術
ストーンヘンジ

紀元前8000年頃から人類は動物を飼いならし、
穀物を栽培するようになります。

イギリス南部には巨大な石を並べた
ストーンヘンジがあります。
何の為に造ったのか、
未だ多くの謎を秘めている遺跡です。

古代美術

 

古代美術
ナラム・シンの石碑

紀元前4000年頃から
メソポタミア文明が生まれます。

メソポタミア美術で有名なのは
ナラム・シンの石碑です。

戦勝の勝利を祝ったもので、
記念碑としては世界最古のものになります。

この頃から美術には、
権力を象徴する役目もあったといえます。

古代美術
ハンムラビ法典碑

ハンムラビ王という人物は、
メソポタミア統一後に
人類最初の法律を作りました。

それはハンムラビ法典碑と呼ばれ、
目には目を、歯には歯をという
フレーズは現代でも有名です。

エーゲ海美術

 

エーゲ海美術は大きく3つに分類できます。

☑キュクラデス美術

☑クレタ美術

☑ミュケナイ美術(ミケーネ美術)

エーゲ海美術

紀元前3000年を過ぎる頃、
まずはキュクラデス諸島から
美術が誕生していきました。

キュクラデス美術

 

キュクラデス美術
キュクラデス石造

キュクラデス美術の特徴は
白大理石を使った単純で抽象的な石造です。

現存する石造の多くが
30㎝程度の小さな女性像ですが、
中には150㎝近い大型の像や男性像も存在します。

キュクラデス石造
キュクラデス石造

これらの像は故人の墓に副葬したり、
宗教儀礼に使われたと考えられています。

単純な形態をしてますが、
各部位に一定の比率が認められます。

クレタ美術

 

クノッソス宮殿
クノッソス宮殿

クレタ島の人々は海遊民族で有能な商人でした。

農業や貿易の発達により、
旧宮殿時代と呼ばれる時代には
クノッソス宮殿など豪華な装飾を持つ
建物が建てられました。

クノッソス宮殿の特徴は
城壁がなく開放的なことです。
治安が良かったことの証明かもしれません。

クノッソス宮殿
クノッソス宮殿「王座の間」

こちらはクノッソス宮殿の王座の間
地中海の動植物が壁画や浮彫で装飾されました。

ミュケナイ美術

 

ミュケナイ美術
獅子の門

ミュケナイ美術(ミケーネ美術)の
代表作は獅子の門です。

獅子の門は城の正門でした。
クレタ美術の建築物が
開放的であったのに対して、
ミュケナイ美術では強固な城門や城壁があり、
外敵に襲われる危険性があったこと
が考えられています。

当時の作品から、
その時代・場所の治安などが推測できるのは
面白いですね。

獅子の門には二頭の獅子が
浮彫で表現されています。

まとめ

 

原始美術

☑狩りを行う時代に洞窟の壁画に絵を描いたのが美術の始まり

☑生活から生まれた美術は戦争の記念碑や権力を象徴する美術へ

☑エーゲ海周辺の島で様々な文明・美術が発展した

次回はギリシャ美術を解説します。