このシリーズでは1つの作品に隠された時代背景や解釈、メッセージ性を読み解いていきます。第22回目は「キャンベル・スープ缶」です。
絵画を通して得た知見があなたの心のビタミンになれば幸いです。
キャンベル・スープ缶を解説

題名
キャンベル・スープ缶
制作者
アンディ・ウォーホル
制作年
1962年
寸法
各50.8 × 40.6cm(全32点)
種類
合成樹脂絵具、キャンバス
所蔵
ニューヨーク近代美術館
「キャンベル・スープ缶」は、32枚のキャンバスからなる作品です。
描かれているのは、当時キャンベル社が販売していた32種類のスープ。トマト、チキン、ビーフなど、それぞれ異なる味の商品が描かれています。
一見すると同じ缶詰が繰り返されているようですが、よく見るとラベルに書かれた商品名が違います。
そしてウォーホルは、これらを一枚の大きな絵ではなく、それぞれ独立したキャンバスに描きました。
なぜスープ缶なのか?

ウォーホルは1928年、アメリカのペンシルベニア州ピッツバーグに生まれました。大学で商業美術を学び、卒業後はニューヨークで広告イラストレーターとして活動します。雑誌の挿絵や靴の広告などを手がけ、商業デザインの世界で成功を収めました。
つまりウォーホルは、最初から美術館に飾られる絵を描いていたわけではありません。商品の魅力を伝え、人々の目を引くための絵を描いていたのです。
そんなウォーホルが1960年代に入って注目したのが、日常生活にあふれる商品や広告でした。
コカ・コーラ。ドル紙幣。そしてキャンベルのスープ缶。どれも当時のアメリカ人にとって身近なものです。
ウォーホルはキャンベルのスープを日常的に食べていたことでも知られています。特別な意味を持つ神聖なものではなく、誰もが知っているありふれた商品。それを美術作品の主題に選びました。
大量消費社会とポップアート
今作が制作された1962年。アメリカは大量生産・大量消費の時代を迎えていました。
スーパーマーケットにはさまざまな商品が並び、テレビでは企業の広告が流れ、人々の生活は便利で豊かになっていきます。
同じ商品が工場で大量につくられ、全国の店で販売される。現代では当たり前の光景ですが、当時のアメリカ社会を象徴する大きな変化でした。
そんな時代に登場したのがポップアートです。

ポップアートとは、広告、漫画、映画、商品パッケージなど、大衆文化のイメージを美術に取り入れた芸術の動向です。
それまで美術館で扱われるものと、街中で目にする広告や商品には、ある程度の境界がありました。ところがウォーホルは、その境界をあっさり越えてしまいます。スーパーに並ぶスープ缶を、そのまま美術館に持ち込むようなことをしたのです。
ただし、実物の缶詰を展示したわけではありません。商品パッケージを絵画として描き直し、それを32点並べました。
この単純な行為が、美術の世界に大きな変化をもたらしました。
同じものを繰り返す

今作の特徴は、何といっても「反復」です。
32点の絵は、ほとんど同じ構図で描かれています。
正面を向いた缶詰。赤と白のラベル。中央の金色の装飾。そして商品名。
画家が自分の感情を表現するために筆を動かしたというより、商品カタログを眺めているような印象です。
ここで少し、当時のアメリカ美術を考えてみます。1950年代のアメリカでは、ジャクソン・ポロックなどの抽象表現主義が大きな影響力を持っていました。

絵具を激しく飛び散らせたり、大きな画面に色を広げたりする。そこでは画家自身の身体性や表現行為が重要視されていました。
一方、ウォーホルが描いたのはスープ缶。しかも同じような絵を何枚も並べています。画家の個性や感情を強く打ち出すのではなく、工場で大量生産された商品のような表現を選んだのです。
ちなみにキャンベル・スープ缶は、主に手描きで制作されています。後にウォーホルを代表する技法となるシルクスクリーンによる大量複製とは区別する必要があります。
手で描いているのに、機械でつくられたように見える。この矛盾も作品の面白いところです。
美術館に並んだスープ缶
1962年、ウォーホルはロサンゼルスのフェラス・ギャラリーで今作を発表しました。
32点のスープ缶は、商品棚を思わせるように並べられました。
美術作品なのに、まるでスーパーの売り場のようです。当時の人々にとって、これが従来の絵画とは大きく異なるものだったことは想像できます。しかし、ウォーホルが提示したのは単なる冗談ではありません。
私たちが普段、何気なく目にしているもの。大量に生産され、消費され、やがて捨てられていくもの。そうした商品もまた、現代社会を形づくる重要な存在です。
かつて画家たちは、王や貴族、神話の英雄たちを描いてきました。ところがウォーホルは、スープ缶を描いた。
ある意味では、当時のアメリカ社会を象徴するものとして、これほど分かりやすい題材もなかったのかもしれません。
ウォーホルは何を伝えたかったのか

ウォーホルの作品は、解釈が難しいことでも知られています。
大量消費社会を批判しているのか。それとも、大量生産された商品を肯定しているのか。そもそも、そんな社会的なメッセージを込めていたのか。
ウォーホル自身は、自分の作品について明確な意味を語ることを好まない人物でした。
そのため今作を「消費社会への批判」とだけ説明するのは、少し単純すぎると思います。むしろ面白いのは、スープ缶を描いただけで、私たちが「これはアートなのか」と考え始めてしまうことです。
スーパーで見かけるスープ缶には、ほとんど誰も芸術的な価値を感じません。しかし、同じイメージが美術館の壁に並ぶと、その意味が変わります。ありふれた商品が、鑑賞する対象になる。
普段なら見過ごしてしまうものを、立ち止まって眺めることになる。ウォーホルは、作品の主題だけでなく、私たちが何を「美術」と呼ぶのかという考え方そのものを揺さぶりました。
アートと日常の境界

今作には、美しい自然も、感動的な物語もありません。描かれているのは、どこにでもある商品のパッケージです。
それでも、この作品は美術史に大きな足跡を残しました。
美術とは、美しいものを描くことなのか。画家の感情を表現することなのか。優れた技術で何かを再現することなのか。それとも、今までとは違う見方を私たちに与えることなのか。
ウォーホルは、スープ缶を使って美術の可能性を広げました。
普段見慣れているものでも、置かれる場所や見方が変われば、まったく違った意味を持つことがあります。
そして、私たちは日常のなかで多くのものを見過ごしています。
毎日使っている道具。街中の看板。何気なく手に取る商品。
それらも誰かが考え、形をつくり、社会のなかに送り出したものです。
キャンベル・スープ缶を見ていると、アートは必ずしも特別なもののなかだけに存在するわけではないのだと感じます。
ありふれたものに目を向ける。当たり前だと思っていたものを、少し違った角度から眺めてみる。そんな行為からも、新しい価値が生まれることがあります。
ウォーホルが描いたのは、ただのスープ缶です。
でも、そのスープ缶によって、美術の世界はそれまでと少し違って見えるようになりました。













→大衆文化のイメージを美術に取り入れる
→当時のアメリカ社会を象徴するもの