ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会を解説

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理学療法士・対話型鑑賞ファシリテーター。 在宅医療に携わりながら、アートを通した自己理解と人間理解を発信しています。

 

記事の要約
  1. 現代生活を描いた作品
  2. 人々の何気ない時間、空気
  3. 幸福を描く

 

このシリーズでは1つの作品に隠された時代背景や解釈、メッセージ性を読み解いていきます。第20回目は「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」です。

絵画を通して得た知見があなたの心のビタミンになれば幸いです。


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ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会を解説

 

Moulin de la Galette
作品概要

題名
ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会
制作者
ピエール=オーギュスト・ルノワール
制作年
1876年
美術史では
印象派
寸法
131.5 × 176.5cm
種類
キャンバスに油彩
所蔵
オルセー美術館

舞台はパリ北部のモンマルトル。現在では観光地として有名ですが、19世紀後半にはまだどこか田舎の雰囲気が残る地域でした。

ムーランとはフランス語で風車。この場所には古い風車があり、その周辺につくられたダンスホールがムーラン・ド・ラ・ギャレットです。日曜日の午後になると、人々はここに集まり、食事をしたり、お酒を飲んだり、踊ったりしていました。

小さなオーケストラの演奏もあり、営業は夜まで続きます。つまり当時の人たちにとって、ここは休日を楽しむ人気スポット。

ルノワールも1876年にモンマルトルに家を借り、この場所へ通いながら作品を制作しました。

オルセー美術館によると、作品の大部分は春から夏にかけて現地で描かれ、その後アトリエで仕上げられたと考えられています。

描かれたのは「現代」

 

今では当たり前に見えるかもしれません。でも、この作品が描かれた19世紀という時代を考えると少し意味が変わります。

かつて西洋絵画の中心だったのは、聖書や神話、歴史上の出来事などを描いた歴史画でした。そこには神や英雄が登場します。ところがルノワールたち印象派が目を向けたのは、自分たちが生きている「今」でした。

鉄道。カフェ。劇場。郊外への行楽。そして休日を楽しむ人々。

19世紀のパリでは都市の近代化が進み、人々の生活も大きく変わっていました。

画家たちは歴史のなかの英雄ではなく、目の前を歩いている人たちを描き始めます。今作も、そんな現代生活を描いた作品のひとつです。

木漏れ日を描く

 

この作品で特に印象的なのが光です。

人物の服や顔、地面を見ると、白や青、黄色、ピンクなどの色が細かく置かれています。これは木々の隙間から差し込む光。木漏れ日です。

でも、人物の顔をよく見てみると少し不思議です。顔の上に青い色が置かれていたり、服の上に紫や黄色が混ざっていたりする。

人間の肌を描くなら肌色。影を描くなら黒。そんな固定された色の使い方をしていません。その瞬間、目に入ってくる光を色として捉えています。

さらに輪郭もかなり曖昧です。人と人。人物と背景。光と影。それぞれがはっきりと分かれているのではなく、細かな筆触によって溶け合っています。

現在では美しく見えるこの表現も、当時の批評家からは形が崩れているように見え、否定的な反応もありました。

しかし、この曖昧さがあるからこそ、画面全体が動いているようにも感じられます。人々が踊り、話し、笑う。そこに木漏れ日が揺れる。

ルノワールは一人ひとりを正確に描くことよりも、その場所全体を包んでいた空気を描こうとしたのかもしれません。

名前のある人たち

 

Moulin de la Galette

描かれているのは完全な架空の群衆ではありません。

ルノワールは友人やモデルたちを登場させています。画面右側を見ると、テーブルを囲んで話をしている人たちがいます。帽子をかぶった男性。こちらを向く女性。身を乗り出して会話する男性。それぞれが誰かと話し、誰かを見ています。

一方、画面左側では男女が踊っています。そして奥には、さらに多くの人。面白いのは、誰か一人が主人公になっていないことです。視線を一人に向けても、すぐ近くの別の人物へ目が移る。そこからまた別の人へ。画面の中を視線が歩き回ります。まるで実際に人混みのなかに立っているようです。

ルノワールが描きたかったのは特定の誰かの肖像ではなく、人と人が集まることで生まれる時間そのものだったのかもしれません。

「幸福」を描く

 

西洋美術には、人間の苦しみを描いた作品がたくさんあります。

戦争。死。宗教的苦悩。権力。人間の愚かさ。

実際、今作が描かれるわずか数年前、フランスは普仏戦争の敗北とパリ・コミューンによる激しい混乱を経験していました。

社会にはまだ多くの傷が残っていた時代です。でも、ルノワールはそれを直接描きませんでした。彼が描いたのは、踊る人。話す人。笑う人。恋をする人。

ルノワールは、人間が幸福を感じている時間を繰り返し描いた画家です。それは現実から目を背けていた、と見ることもできるかもしれません。一方で、苦しみが存在する世界で、それでも人間が誰かと食事をし、話し、踊る。

そんな時間もまた、人間の現実です。

何も起こらない絵

 

Pierre-Auguste Renoir
ピエール=オーギュスト・ルノワール

今作には、はっきりとした物語がありません。

このあと何か事件が起こるわけでもない。誰かが歴史を変えるわけでもない。ただ、人々が休日を楽しんでいる。でも実際の人生を考えると、そんな時間の方が圧倒的に多いのかもしれません。

友人と話したこと。誰かと食事をしたこと。好きな人と過ごしたこと。天気がよかったこと。くだらないことで笑ったこと。その瞬間には特別だと思わなくても、時間が経って振り返ると、妙に記憶に残っている。

ルノワールが描いたのも、そんな時間だったのかもしれません。

この絵の人たちも、やがてこの場所を離れていきます。踊りは終わり、日が暮れ、それぞれの日常へ戻っていく。でも1876年のある日の光だけは、絵の中に残りました。

美術は、特別なものだけを残すものではありません。何でもない一瞬もまた、描くに値する。今作を見ていると、そんなことを感じます。

人間の人生をつくっているのは、大きな出来事だけではない。誰かと笑ったり、話したり、同じ時間を過ごしたりする。

そんな名前もつかない時間の積み重ねもまた、その人の人生なのだと思います。

アート鑑賞は、
対話でもっと面白くなる。

作品についての知識は必要ありません。
「何が見える?」
「なぜそう思った?」
一枚の作品を前に、誰かと話してみる。
すると、自分だけでは気づかなかったものが、
見えてくることがあります。
絵.cocoroでは、そんな
「対話しながら作品を見る」体験を
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