昔はなぜ女性芸術家が少なかったのか?

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記事の要約
  1. リンダ・ノックリン
    →アート界は男性が優位だった
  2. メトロポリタン美術館
    →女性の作品は4%
    →女性モデルは76%
  3. 階級格差があった

 

あなたは美術史に登場する芸術家の
ほとんどが男性だと感じたことは
ありませんか?

これにはなにか理由があるのでしょうか?

この記事では女性芸術家が少なかった
理由をいくつかご紹介します。




なぜ女性芸術家が少なかったのか?

 

1971年に美術史家のリンダ・ノックリンは
「なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか」
という論文を発表しました。

そこでリンダは

  • アートの世界では男性が優先されてきた
  • 優れた女性芸術家は多数いたが、
    平等に評価されてこなかった

などの指摘をしています。

またメトロポリタン美術館の所蔵作品は
その傾向を明らかにしているといいます。

1980年代にあった所蔵作品のうち
女性芸術家による作品はたった4%であり、
女性ヌードモデルの割合は76%でした。

このことは女性が芸術家というより
描かれる対象モデルとして扱われてきたことを
示唆しています。

ここからは女性芸術家が少なかった理由を
いくつか述べていきます。

美術を学ぶことを許されなかった

 

中世~近世初期にかけて、
画家になるにはギルドと呼ばれる
職業組合(ここでは芸術家が集まる組合)に
所属しなければなりませんでしたが、
女性は所属を許されていませんでした。

加えて芸術家は人体解剖を行って
ヌードの勉強をする必要がありましたが、
当時の女性は同性のヌードを見たり、
描くのを禁じられてもいました。

17世紀にはフランスで
国立美術学校が誕生しますが、
そこでも女性は入会を拒否されます。

国立美術学校が女性の入会を許可したのは
19世紀末のことでした。

仏教と儒教の影響

 

日本でも中世くらいから
女性差別的な考え方が浸透しました。

仏教では女は男に生まれ変わらないと
往生できない(変成男子)へんじょうなんし説がありました。

近世では儒教によって
女性は生物的に愚かな存在とされ、
家の存続のために出産が役割とされたので
女性に教育は不要と考えられていました。

この考え方に変化が訪れるのに、
時代が安定してくる江戸時代まで
待たなくてはなりませんでした。

名前が残りにくい

 

女性は結婚すると男性の性に
変更するという伝統がありました。
すると結婚前の女性芸術家が
作品にサインを残していたとしても、
追跡研究することが難しくなります。

また悪意のある売り手はサインを
改変してしまうこともあったそうです。

このように女性芸術家の存在は
純粋に記録や作品がないから
検証できないという理由もあります。

階級格差の問題

 

紫式部

国内外問わず、
女性芸術家が少ないのには
階級格差の影響が大きいです。

日本で有名な紫式部清少納言
教養を身に付けられる女房クラスの
女性たちでした。

 

Artemisia Lomi Gentileschi
アルテミジア・ジェンティレスキ

17世紀にはまだ珍しかった
女性画家のアルテミジアも、
父親が地位のある画家だったことが
活動に大きな影響を与えています。
(結局は酷い差別を受けますが)

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Mary_Cassatt
メアリー・カサット

19世紀末から絵画表現に革命を起こした
印象派のメンバーである、
メアリー・カサットベルト・モリゾ
裕福な家庭の出身でした。

このように階級格差が大きい時代に
女性が芸術家として活動するには
裕福な家庭の出身であることや、
身内に権力者がいることが条件でした。

まとめ

 

まとめ

✓昔は国内外問わず、
女性が芸術家になりにくかった

✓宗教上の問題などに加え、
純粋に女性の作品や名前が

残りづらいという理由もあった

✓女性が芸術家として活動するには
権力など特別な条件が必要だった