西洋美術史では
16世紀末~18世紀初頭の時代を
バロック時代と呼びます。
そのなかでも1590年代~1620年代を
初期バロックと呼び、
新しい宗教芸術の動きが始まりました。
まずはこの時代の作品の
画像を確認していきましょう。
目次
初期バロックの背景
バロックはポルトガル語で
歪んだ真珠を意味するバロコが
語源となっています。
18世紀の美術評論家などが
古代やルネサンスの美術から逸脱し、
奇妙な美術をさす蔑称として
使用したのが始まりでした。
またこの時代には以下の
大きな出来事がありました。
- 教会分裂
- 対抗宗教革命
順に解説します。
教会分裂
マルティン・ルターがローマ教皇庁に対して
異議を唱えたことで始まった宗教革命は、
1555年に教会分裂を起こしました。
教会分裂とはカトリック教から
プロテスタントと呼ばれる一派が
分裂したことを指します。
プロテスタントは聖書に
記したことだけを信じ、
偶像の崇拝を禁止しました。
よってプロテスタントが多数派を占める
オランダなどでは宗教画の需要が
大きく減少しました。
対抗宗教革命
対抗宗教革命とは文字通り、
宗教革命に対抗する形で行われた
カトリック教の革命運動のことです。
プロテスタントの攻撃に対抗すべく、
数世紀にわたり教会の方向性を決める
会議などが行われました。
またその会議では
芸術活動の見直しも行われ、
そのことがバロック美術に
大きな影響を及ぼしています。
具体的には以下の
表現・形式が重視されました。
- 単純で純粋な形
- 知性よりも感覚に呼びかけるもの
- 技巧よりもデコールム
カトリック教会は信者獲得のために、
マニエリスムのような難解で
技巧を凝らした表現ではなく、
- わかりやすく単純で
- 感情に訴えかけるような
- 宗教性や真実らしさが宿る
宗教画を求めたのです。
初期バロックの特徴
初期バロック美術の特徴は
大きく以下のものがあります。
- 明暗強調
- 劇的な構図
- ダイナミックな表現
また、この時代の美術を牽引した
芸術家に以下の人物がいます。
- アンニ―バレ・カラッチ
- カラヴァッジョ
アンニーバレ・カラッチ
アンニーバレ・カラッチはイタリアの
初期バロックを代表する画家です。
1582年頃にボローニャで兄・従兄らと共に
アカデミア・デリ・インカミナーティという
絵画学校を設立したアンニ―バレは
写生に基づく自然な表現を探求し、
新たな絵画様式を創造しました。
その背景には、
- ディセーニョ
- コロリート
の2つを追求したことがあげられます。
↑はアンニ―バレの代表作、
「エジプトへの逃避」です。
ヴェネツィアの影響を受けた今作は
広大な風景に小さく聖家族が
描かれています。
しかもその風景は自然を写生しつつも
古代を想起させる牧歌的風景として
再構成されています。
アンニ―バレは、
風景画を宗教画や神話画と同列にまで
高めようとする理想的風景画と呼ばれる
ジャンルを確立しました。
彼の作品は後のニコラ・プッサンや
クロード・ロランへも継承されます。
バッカスとアリアドネの勝利
1595年にアンニ―バレは、
枢機卿ファルネーゼに招かれて、
宮殿の天井画を描きました。
画像では分かりにくいですが、
今作にはクアドラトゥーラと呼ばれる
平坦な天井を立体的にみせる技法が
使われています。
人物表現には厳格な古典主義的要素と
バロックに特徴的なダイナミックな要素が
掛け合わされています。
- 生きた年代
→1560~1609年 - 代表作
→エジプトへの逃避など - なにをした人?
→ボローニャ派を代表する画家。初期バロック様式を確立した画家でもある
グエルチーノ
アンニ―バレ・カラッチの成功は
ボローニャ派の弟子がローマへ
呼び寄せられるキッカケともなりました。
グエルチーノの「アウローラ」は
アンニ―バレの天井画と同様、
クアドラトゥーラが使われています。
1620年代以降はアンニ―バレのような
ダイナミックな天井装飾を求める
傾向が高まっていきました。
そしてその傾向は盛期バロックにて、
イリュージョニズムを生んでいきます。
- 生きた年代
→1591~1666年 - 代表作
→アウローラなど - なにをした人?
→ボローニャやローマで活躍した画家。グエルチーノとは「やぶにらみ」の意味で、斜視だったことから付けられたあだ名
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
カラヴァッジョは初期バロックを
代表するもう1人の画家です。
卓越した写実性と光と闇の対立による
明暗強調が対抗宗教革命の方針と
うまく合致するものとみなされ、
一躍ローマの画壇に登場します。
しかし、時に過激で暴力的なまでの
写実的な様式は教会から作品の受け取りを
拒否されるほどでした。
例えば↑の作品だと、
聖マタイと天使の距離が近すぎて
淫らに見えるといった批判がありました。
先述した特徴③のデコールムに
反するといった具合です。
デコールムとはラテン語で
適切性を意味する言葉で、
表現やモティーフが主題にふさわしいか
どうかを指しています。
カラヴァッジョの作風は1620年頃になると
ローマ、イタリアなどの中部イタリアの
教会が認める正式絵画からは退いていきました。
- 生きた年代
→1571年~1610年 - 代表作
→聖マタイの召命など - なにをした人?
→光と闇とで描き分ける明暗強調がバロック美術に大きな影響を与えた - その他の記事
→聖マタイの召命を解説
アルテミジア・ジェンティレスキ
カラヴァッジョは弟子や工房を
持ちませんでしたが、
同時期の多くの画家に影響を与えました。
カラヴァッジョに影響を受け、
彼を追随した画家たちのことを
カラヴァジェスキと呼びます。
↑はカラヴァッジョが描いた
「ホロフェルネスの首を斬るユディト」
という作品です。
そして↑はカラヴァジェスキの中で
最も優れていたとされる、
アルテミジアの作品です。
カラヴァッジョの作品を踏まえながら、
より暴力性のある作品となっています。
一説によると、
今作はアルテミジア自身の
男性社会に対する心理が
表れているとされています。
- 生きた年代
→1593年~1652年 - 代表作
→ホロフェルネスの首を斬るユディトなど - なにをした人?
→カラヴァジェスキの1人で当時としては珍しい女性画家。その生涯においてレイプ事件の被害を訴訟した公文書が残っている - その他の記事
→ホロフェルネスの首を斬るユディトを解説
まとめ
✓カトリック教では対抗宗教革命の
一環として美術の見直しが行われた
✓アンニーバレ・カラッチは
理想的風景画というジャンルを確立した
✓カラヴァッジョの特徴は
写実性と光と闇の様式(明暗強調)
次回はイタリアの盛期バロックを解説します。
→教会分裂
→対抗宗教革命
→明暗強調
→劇的な構図
→ダイナミックな表現
→アンニ―バレ・カラッチ
→カラヴァッジョ