対話型鑑賞とは
美術作品を複数人で鑑賞しながら、
作品から感じた感想や想像を
話し合う鑑賞法です。
英語では
Visual Thinking Strategies(VTS)
とも呼ばれます。
この記事では
対話型鑑賞の歴史について
振り返っていきます。
対話型鑑賞の歴史

2022年で日本上陸30周年となる
対話型鑑賞の歴史は、
1970年代のアメリカから始まります。
- 1970年代:美術館の冬の時代到来
- 1980年代:MOMAによる調査
VTCを開発 - 1990年~:日本にも紹介され始める
冬の時代の到来

1960年代のアメリカでは
美術館離れが進んでいました。
その理由の1つに
学校教育から美術の時間が
削減されたことがあげられます。
70年代に入ると
美術館来館者の数は激減し、
美術館は冬の時代に突入しました。
アメリカでは私立の美術館が多いことから
来館者の減少は収入の減少へ直結します。
そこで美術館側は
来館者を増やすために
様々な試行錯誤を行いました。
また、問題を根本から見直すことにし
- 作品の解説を理解して
もらえないのはなぜだろうか - 人々は美術館に
なにを求めているのだろうか - 私たちがやってきたことは
正しかったのだろうか
などの自問自答を重ねました。
MOMAでの調査

そんな中でMOMAは
「ひとくちに来館者と言うが
ひとくくりにしていいのか?」
という問いを立てました。
当時MOMAで教育部長をやっていた
フィリップ・ヤノウィンは、
発達心理学者のアビゲイル・ハウゼンと
来館者を知るための調査を開始しました。
10年近い歳月をかけ、
何千人もの来館者をインタビューし
それらを分析した結果、
来館者は一律ではない
という結論に達しました。
そしてその調査をもとに
美的発達段階なるものを提唱しました。
美的発達段階とは

美的発達段階とは全5段階の
美術鑑賞をする側のレベル分けの
ようなものです。
その内の1、2の段階にいる人は
鑑賞をサポートする必要性がある
ことがわかってきました。
- stageⅠ【物語の段階】
鑑賞者は物語の語り手となり、自分の感覚を使って物語を創造する - stageⅡ【構成の段階】
鑑賞者は自身の知覚、道徳的価値観、世界観で枠組みをつくり、作品を鑑賞する - stageⅢ【分類の段階】
美術史的な文脈で、作品の背景などを明らかにしながら鑑賞する - stageⅣ【解釈の段階】
線や形、色などを注意深く見て作品の意味するところを探る。知識は作品の再解釈のために使われる - stageⅤ【再創造の段階】
作品の背景や複雑さなどを理解したうえで個人的な熟考と作品の背景を結びつけ、作品と何度でも出会いなおすことができる
そして来館者のほとんどが
1、2の段階に属していました。
また、学芸員の多くが3である
こともわかりました。
学芸員は展覧会のカタログや
解説を作成しますが、
自分たちと同じ3段階の人に向けて
作成するので1、2の段階の人には
分かりづらいものになっていたのです。
VTCの開発

MOMAは美的発達段階に即した
鑑賞方法や適切なサポートを考え、
VTC(Visual Thinking Curriculum)
を開発しました。
1980年代後半のことです。
その後ニューヨーク市内の
小学校4~6年生を対象に
5年以上の歳月をかけて
VTCの授業を行いました。
また担任の先生たちを
鑑賞の際のナビゲーターとする
トレーニングも行いました。
VTCを実施した結果

3年間VTCの授業を受けた生徒は
観察力や語学力、そして鑑賞力が
最も向上したことが明らかになりました。
しかしこの実験で最も驚かれたのは
他にありました。
それはMOMAの美術史のプロによる
ナビゲイトよりも担任の先生による
ナビゲイトの方が生徒たちの
能力向上が著しかったことです。
このことから、
ナビゲイターに必要なのは
美術史の知識よりも
鑑賞者への理解とコミュニケーション力
だとわかってきたのです。
対話型鑑賞の日本上陸

アメリカで開発されたVTCを
日本に伝えることに注力したのは
以下の3名の方です(敬称略)。
- 逢坂恵理子
→現在は国立新美術館長 - 福のり子
→現在は京都芸術大学教授 - アメリア・アレナス
→MOMAではフィリップの同期
ちなみにフィリップ・ヤノウィンは
ハウゼンと共に非営利団体である
VUE(Visual Understanding Education)
を創設し、VTSを広めていきます。
VTCからVTSへと名称を変えた理由は、
フィリップがMOMAを退職した際に
権利の問題でVTCの名称が
使えなくなったからだそうです。
2022年には東京国立博物館にて
VTS/VTC日本上陸30周年
記念フォーラムが開催されました。
現在では美術館だけでなく、
学校や医療/科学、
ビジネスパーソンに対してなど
幅広く対話型鑑賞が用いられています。
まとめ

✓問題を根本から見直し、
来館者は一律ではないという調査から
対話型鑑賞は考案された
✓美術史の知識よりも
鑑賞者への理解とコミュニケーション力
が大切だとわかってきた
✓2022年で日本上陸30周年。
さまざまな分野で実践されている
→来館者は一様ではない
→美的発達段階を提唱
→観察力や言語能力の向上