このシリーズでは1つの作品に
隠された時代背景や解釈、
メッセージ性を読み解いていきます。
第16回目は
「イカロスの墜落のある風景」です。
絵画を通して得た知見が
あなたの心のビタミンになれば
幸いです。
イカロスの墜落のある風景を解説

題名
イカロスの墜落のある風景
制作者
ピーテル・ブリューゲル(?)
制作年
1560年代
美術史では
北方ルネサンス
寸法
73.5 cm × 112 cm
種類
油彩
所蔵
ベルギー王立美術館
今作はピーテル・ブリューゲルの
作品とされていましたが、
1996年の調査で無名の画家が
ブリューゲルの作品を模したものと
考えられています。

作中には3人の農民が登場しています。
まずは最手前で牛にスキを引かせて
畑を耕している農民。

次に中央で棒を抱えながら
空を仰いでいる農民。

そして絵の右下で釣りをしている人物です。
さて、この釣り人の上方に注目して下さい。
すると海から足が出ているのに気付きます。
溺れているのか、遊んでいるだけなのか。
この作品を語るうえで
この人物の理解が必須となります。
イカロス

海から出ている足は今作のタイトルにも
なっているイカロスのもの。
イカロスは古代ギリシャ神話に
登場する人物です。
クレタ島に閉じ込められた
ダイダロスとイカロスの父子は、
島を脱出するために
発明した翼(蝋で固めたもの)で
空を飛ぶことに成功します。
父ダイダロスはイカロスに対し
「蝋が熱で溶けてしまうので
太陽に近付いてはいけない」と
忠告していましたが、
自らを過信して太陽に近付いてしまった
イカロスは太陽の熱で翼が溶け、
墜落死してしまいます。
今作はそのエピソードを
16世紀後半のフランドル地方に
置き換えて描いたものです。

農民が3人いるのは話の中に、
父子の飛翔を、
地上では漁師、羊飼い、農夫が
胆をつぶして見上げている
とあるからです。
当時のフランドル

しかし作中の農民からは
胆をつぶして見上げている感じが
全くありません。
これは一体どういうことなのでしょうか。
西洋文化史の中野京子さんは
著者「怖い絵」の中で
以下のように述べています。
当時のフランドルは、スペイン・ハプスブルグ家の圧政に喘いでいた。
太陽たるフェリペ二世に刃向かった者たちは死屍累々。
彼らを幇助した者はもちろん、彼らに喝采を浴びせた者さえ厳しい制裁が待っていたから、何も見ない何も聞かないことが生きのびる唯一の術になる。
そう思って見直せば、農夫も羊飼いも釣り人も、必死に目を閉じ耳を塞いでいるような気さえしてくる。
メッセージ性

当時のフランドル地方を
支配していた社会情勢が
反映されているかもしれない今作。
見ざる、言わざる、聞かざるを強制され、
外界の情報に一切触れないことが
生き延びる術でもあった農民たち。
そう思うと今作からは
抑圧された人々の感情が
伝わってくるようです。
是非、あなたなりのメッセージを
受け取ってください。
まとめ

✓自らを過信したイカロスは
太陽の熱で翼が溶け、墜落死した
✓当時のフランドルは、
スペイン・ハプスブルグ家の
圧政に喘いでいた
✓農民にとって、
何も見ない・何も聞かないことが
生きのびる唯一の術だった
今作は1912年に
ベルギー王立美術館が購入してから、
その真贋について専門家の間で
意見が分かれていました。
偽作を疑う理由は主に2点で、
- 過度な上塗りのため質が低い。
- ブリューゲルの油彩作品は全てパネル
→なのに本作はキャンバス
そして1998年、キャンバスの
放射性炭素年代測定によって出された結論は、
ブリューゲル自身がこのキャンバスに
絵具を置いたとは考えられない
というものでした。
しかし2006年にJ. Reisse教授は、
技術的問題により、
この測定結果は意味がないとの
論文を発表しています。
最後まで読んで頂き、
ありがとうございました。






→古代ギリシャ神話の人物
→太陽の熱で翼が溶けた
→ハプスブルグ家による圧政