我々はどこから来たのか我々は何者か我々はどこへ行くのかを解説

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記事の要約
  1. 人の一生を凝縮させた
    →誕生、成長、成熟、老い、死
  2. 文明を嫌ったゴーギャン
    →タヒチで制作した
  3. 制作後に自殺を図った

 

このシリーズでは1つの作品に
隠された時代背景や解釈、
メッセージ性を読み解いていきます。

第13回目はポール・ゴーギャンの
「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」です。

絵画を通して得た知見が
あなたの心のビタミンになれば
幸いです。


我々はどこから来たのか我々は何者か我々はどこへ行くのかを解説

 

作品概要

題名
我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか
制作者
ポール・ゴーギャン
制作年
1897‐1898年
美術史では
ポスト印象派
寸法
139.1 cm × 374.6 cm
種類
油彩
所蔵
ボストン美術館

今作はポスト印象派の画家、
ポール・ゴーギャンによって制作されました。

人の一生を1枚の絵に凝縮した作品と
されている今作は、
誕生、成長、成熟、老い、死などが
表現されています。

 

まず右下の方に描かれている
仰向きの赤ん坊は誕生を意味します。
そしてその左に位置している
3人の少年と少女。
これは幼児期を意味しています。

 

中央には木の実をとっている人物。
これは聖書に登場する
最初の人類とされるアダムとイブ。
そして彼らが食べた
知恵の木の実を表しています。

聖書の内容に沿って
「知恵を手にした」ことを描き、
成長を表現しているのでしょう。

 

また、今作は中央の人物を境に
色彩が右から左へと暗くなっています。
これは成長の段階から老い、死へと
続いていることを表現しています。

 

中央左にいる若い女性の顔はとても暗いです。
まるで何もかも諦めているかのよう。
そして諦め顔の女性の左にいる老婆。
絶望や悲嘆にくれています。

 

老婆の右上には妙な立像があります。
これは人間の営みを見ている
超越者とする見方が一般的です。

 

文明を嫌ったゴーギャン

 

Gauguin
ポール・ゴーギャン

ゴーギャンは今作をタヒチで描きました。

先進文明に絶望し、
素朴で単純な生活を望んだ彼は
1891年に南太平洋に位置し、
フランス領の島のタヒチに渡ります。

しかしこのタヒチも
フランス資本によって植民地化されていて、
彼が想うような楽園ではありませんでした。

それでも意欲的に制作に取り組みましたが、
貧困と病気で進退極まってしまいます。

 

Etoile Arc de Triomphe area

そこでフランスに帰国し、
パリにアトリエを構えましたが
絵は全く売れませんでした。

家族も夫・父親としての義務を
放棄したゴーギャンには冷淡でした。

 

パリに居場所はないと感じた彼は1895年、
再びタヒチを訪れます。
そこでまた貧困と病に苦しみました。

そしてそんな彼に追い討ちをかけるかの如く、
最愛の娘アリーヌの訃報が届いてしまうのです。

失意のどん底となった彼は自殺を決意。
今作は遺書の代わりに描いたとされています。

ちなみに服毒自殺を図った
ゴーギャンでしたが失敗し、
遺書とはなりませんでした。

メッセージ性

 

ここでもう一度
我々はどこから来たのか
我々は何者か
我々はどこへ行くのか
を見てみましょう。

貧困、病、愛娘の死。

失意のどん底で描いた
哲学的なタイトルである今作。

あなたにはどのように見えますか?

人類への哀れみ?

人生に対する諦め?

後世に遺したかった願い?

 

是非、あなたなりのメッセージを
受け取ってください。

まとめ

 

Gauguin
まとめ

✓人の一生を凝縮させ、
誕生、成長、成熟、老い、死を描いた

✓文明を嫌い、タヒチに渡って描いた

✓失意のどん底、遺書の代わりに描いた

この作品についてゴーギャンは、

これは今まで私が描いてきた絵画を
凌ぐものではないかもしれない。

だが、私にはこれ以上の作品は
描くことはできず、
好きな作品と言ってもいい

としています。

最後の作品とするつもりで
描いた今作には、
一体どんな想い・感情が
込められていたのでしょうか。

最後まで読んで頂き、
ありがとうございました。