【現代アート入門】現代アートはなぜ難しいのか/楽しみ方は?(前編)

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記事の要約

☑現代アートはなぜ難しいのか

☑みるだけでは完結しない

☑思考のアートに至るまでを解説


 

現代アートとGoogleで検索すると、
「現代アート 難しい」
「現代アート 苦手」
「現代アート ゴミ」
などなど…
色んなワードがたくさん
出てきます。

正直いうと、
私も現代アートが苦手でした。

私の場合、古典美術に
惹かれて美術を
学び始めたこともあり、
現代アートに関心が
いったのはつい最近です。

一見すると難しい。
いや、二見・三見しても
難しいのが現代アート。
ただ、なんで難しいのか
その概念を知っておくだけでも
教養になるし、
アートが好きになれるかも
しれません。

今回の記事は前半/後半にわけ、
前半で現代アートの概念に至るまでの
歴史を解説し、
後半では現代アートの楽しみ方
実例と共に解説します。





現代アートはなぜ難しい?

 

現代アート

現代アートがなぜ難しいかを理解するには、
そこに至るまでの歴史を学ぶとよいです。

まず、現代アートは
1950年以降から21世紀までの作品を
指します。

19世紀以前の画家というのは、
・パトロンのために絵を描く
・教会のために絵を描く
のどちらかの場合が
ほとんどでした。

例えば、
ヴィーナスの誕生はお金持ちの別荘を
飾るための絵でしたし、

ヴィーナスの誕生

ミケランジェロの最後の審判は
教会のために描かれた絵でした。

最後の審判

この時代の画家達に求められたのは、
視覚的にわかりやすい(リアルな)
絵を描く技術でした。

しかし19世紀の前半に
画家達を驚愕させたある発明が
なされます。

それが写真です。

それまでは写真がなかったので、
画家のリアルに描ける技術が重宝されました。
しかし写真が発明されたら…
おわかりですね?

ちなみに19世紀フランスの画家
ドラローシュは写真を初めて見たときに
こんな言葉を残しています。

今日を限りに絵画は死んだ

かなりショッキングだったのが
伝わるようです。

写真が発明されると、
それまで画家がもっていた
リアルに描ける技術の
価値が著しく落ちました。
そしてここから、
画家達の苦悩が始まります。

それと同時に、
アートにしかできないことを模索
する芸術家が出てきます。

有名なところで
いくと印象派もその部類に
入ります。
印象派の画家達は、
空間と時間で変わる光や
対象の日常性などを
それまでにない独特な表現方法で
描きました。

印象、日の出

フォーヴィズムの画家
アンリ・マティス
描いた対象の美しさや色彩で
鑑賞者の心を動かすのではなく、
筆触や色の強さそのもので
感情を動かそうとしました。

赤い部屋

シュールレアリスムの画家
ルネ・マグリット
夢の世界や無意識の世界を追求して、
人間の固定観念への縛らわれやすさや
それを壊す表現を模索しました。

ルネ・マグリット 作品

なんか難しくなってきましたね。

19世紀以前の
「誰かのために上手く(リアルに)描いていた」
時代が終わりを告げると、
画家が追求したい表現を使った
作品が増えていきました。

その理由は、
写真の発明によって
それまでの常識が崩れた
からです。

ここが19世紀以前とそれ以降で、
異なる重要なポイントです。

アートで問題提起をした

 

問題

さて、ここから
アートは更に難しくなります。
ただ(個人的には)、
面白くもなってきます。

前章では時代の変化に伴って、
画家が作品に求めるものが
変わったことを説明しました。

しかし、中には共通する点も
ありました。

それは、
鑑賞して楽しむということ。
そしてもう1つ、
画家が制作したということ。

画家のクセが出てきて、
少しわかりにくくなって
きていましたが、
それでも彼らの作品は鑑賞して
楽しむものばかりでした。

そして1917年、
美術界を震撼させたある大事件が
巻き起こります。

それはマルセル・デュシャン
NYの展覧会で発表した作品、
「泉」です。

泉
「泉」

この作品は、男性用便器を横にして
サインを書いただけのものです。

みなさんはどう思われますか?

正直、考えたくもない
という人もいるかもしれませんね。
まずこの作品には、
それまでのものと大きく違う点があります。
それは先程あげた2つの共通点です。

1、鑑賞して楽しむ
2、画家(芸術家)が制作した

の2点です。

デュシャンの作品はただの便器です。
これはデュシャン本人が作ったものでは
なく、既製品を横にしてサインを
書いただけのものです。
そして鑑賞する価値があるのかも
わかりません。
いや、どこから見てもただの便器です。

当然、当時の人々も困惑しました。
これはアートではない」と
批判の声もありました。

しかし、実はデュシャンの狙いは
そんな部分にありました。
デュシャンは作品を通して
1つの問いをたてます…

ではあなた達のいうアートってなんですか?

そもそもアートってなに?

 

美術を学ぶ

さて、ものすごく根本的な
問いをデュシャンはたてました。

これを機に一度
私たちもアートについて
考えてみましょう。
あなたはどんなものをアートだと
感じますか?

美しいものですか?
鑑賞して楽しめるものですか?
画家が高い技術をもって制作した
ものですか?

ちなみにデュシャンが出てくる
までのアートの常識は
共通点にもあったとおり、
目でみて愛でるものでした。

デュシャンは
そんなアートの常識に宣戦布告を
かましたのです。
また、デュシャンが作品を通して
伝えたかったのは

アートは目で楽しむのではなく、
頭で鑑賞するものだ

ということでした。

ちなみにデュシャンは
「泉」に対して次のような
言葉を残しています。

最も愛好される可能性が低いものを選んだのだ。
よほどの物好きでもないかぎり、便器を好む人はいないだろう

この事件以降
アートの多様化が進み、
みて楽しむアートではなく、
思考のアートが生まれました。

現代アートも
思考のアートの流れを
引き継いでいます。

一連の美術史を知るだけで、
現代アートがそもそも
みるだけのアートではないことが
おわかりいただけたでしょうか?

また、考える必要があるので
難しいのもあたりまえです。

まとめ

 

問題

☑19世紀以前のアートは鑑賞するものだった

☑19世紀以降、自己探求する画家が増えた

☑デュシャンの事件後、思考するアートが生まれた

少し駆け足での説明だったので
まだ腑に落ちない読者さんも
いるかもしれません。

(もっと深く知りたい方は
著書「13歳からのアート思考」を
読んでみて下さい)

今回の記事で一番重要なのは、
現代アートは楽しみ方の前提が違うところです。

美しいものをみて、
「わぁーすごいな」と
受動的に楽しむものでなく、

「なぜこれを作ったの…?」
「なにを伝えたいの…?」
と考えて初めて完成する
ものになっていったのです。

後半では
現代アートはどうやって見れば
よいのか/楽しめばよいのかを解説します。